高松地方裁判所 昭和38年(モ)178号 判決 1963年7月31日
債権者 西日本放送株式会社
債務者 西日本放送労働組合
主文
一、当裁判所が債権者債務者間の昭和三八年(ヨ)第七一号業務妨害排除等仮処分申請事件について同年五月一四日にした仮処分決定をつぎのとおり変更する。
債務者は、債権者(役員・職制等非組合員)が、別紙目録記載の建物内のテレビマスター室、テレシネ室、ラジオマスター室等(テレビ、ラジオ番組の製作並に送り出し等に使用する室)に出入りすることを、口頭による説得若くは団結による示威の外実力をもつて妨げてはならない。
債務者は、右建物・建物内の設備等(但し債務者の掲示板を除く)に、著しく建物等の効用を毀損するような(ビラ一面に糊付し、夥多のビラを雑然と貼紙する等)ビラその他の貼紙をしてはならない。
二、訴訟費用はこれを二分し、その一を債権者、その一を債務者の各負担とする。
三、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
債権者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定はこれを認可するとの判決を求め、その理由として、
一、債権者は別紙目録記載の建物を訴外丸の内ビル株式会社から賃借し、ラジオ、テレビの番組の製作並びに放送の事業を営む会社であり、債務者は右会社の従業員約一三八名をもつて組織する労働組合であるが債務者(以下単に組合という)は昭和三八年三月一日債権者(以下単に会社という)に対し賃金体系確立(平均一五〇〇〇円のベースアツプ等を含む)人事同意約款その他二項目の要求を提出し、会社と団体交渉を続けて来た。
二、ところが同年四月九日第七回団交に至つて難航するや同日午後五時五八分組合は争議に突入し、組合員全員職場放棄を行い、会社はラジオ停波テレビスポツトの中断等のやむなきに至つたが、爾来今日まで第二三回の団交を重ねつつ、その間組合は四月一一日の第二波スト以降無通告による抜打ち断続反覆ストを行い、既に四六波に及んでいる。そして右ストにおいては単に職場放棄に止ることなく、数十名をもつて二階テレビマスター室、テレシネ室、ラジオマスター室、ラジオ送り出し室、ラジオ第四スタジオ、ラジオ第五スタジオ、前室及びこれに通ずる入口附近廊下、三階テレビ室に通ずる階段等会社機能の中核を形成する部分への通路に立塞り、坐り込み、スクラムを組んで、会社が非組合員をもつて放送業務を遂行しようとして説得したにも拘らず遂には非組合員に対して足げりし、罵声を飛ばし、その他実力をもつて執務のため入室せんとする者及び放送素材の搬入をも阻止し、事実上一階ホールを除く部分を占拠し、放送業務の寸断中止を余儀なくせしめた。ついで五月八日午後七時三〇分頃組合はビラ数百枚をテレビマスター室、テレシネ室、ラジオマスター室、ラジオ送り出し室等各室の扉及び連絡用窓ガラスに一面に糊付し、会社はこれが撤去を求めたが応じないのでやむなく会社において除去せんとしたとき遂に組合員によつて非組合員が暴行傷害を蒙る事案まで発生するに至つた。更に組合は翌九日午後四時から無通告抜打ちストに入り組合員約八〇名によるピケをはり、スクラムによる実力行使をもつて非組合員の入室及び素材搬入を阻止しこれを妨害して気勢をあげる傍ら再び前記ビラを建物内に糊付し、これがため搬入口すら開閉不能に陥つた程である。
三、右の如くであるから組合が争議中であることを理由として非組合員が前記各室に出入することを阻止し事実上事業場を含む建物の占拠を行い会社の業務遂行を妨害していることは正当なものとは解し難く、又ピケとはいつても口頭をもつてする平和的説得の域を超えており、ビラはりは会社の設備に対する所有権、建物に対する占有権の侵害であり争議行為の正当性を逸脱している。
四、以上の経緯に鑑み組合は今後もかかる違法不当な実力行使を反覆する虞があり、従つて会社の公共性の大なる業務はその機能麻痺、信用喪失するに至りその蒙る損害は甚大であるというべくかくては本案訴訟において勝訴の判決をうけてもそれは遅きに失しその執行が不能若くは著しく困難となる虞があるので前記所有権及び占有権ないし対抗力ある賃借権に基く妨害排除、予防請求権を被保全権利として本件仮処分の申請に及んだところ、当裁判所より昭和三八年五月一四日別紙目録記載の建物に対する会社及び組合の占有を解き、これを会社の委任する執行吏の保管に付する。執行吏は会社に右建物の使用を許さなければならない。組合は組合員によつて非組合員に対し右建物の入口において人の通行の妨げとならない限度で口頭による説得若くは団結による示威以外の方法で非組合員が右建物に立入つて業務に従事することを妨害してはならない。組合は右建物及び同建物内にある債権者の所有、占有に係る設備に執行吏の承諾なくしてビラその他のはり紙をしてはならない。執行吏は第二、第三項の命令に妨げとなるべき障碍を撤去するため、適当な処置をとることができる。執行吏は以上の趣旨を適当な方法で公示しなければならない旨の仮処分決定をえた。そして右仮処分は正当(実効を期するに必要な限度)であるからその認可を求めると述べた。
(疎明省略)
債務者訴訟代理人は主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。債権者の本件仮処分申請を却下する。との判決を求め、答弁として、
債権者主張事実中第一項は認める。第二項の四月九日ストに突入し反覆ストを行つたこと及びビラの貼紙をしたこと並びに債権者主張のような仮処分決定があつたことは認める。その余の事実は争うと述べ、
本件ストは五八波のストのうち約五〇回は僅か一分ないし五分の時限ストないし指名ストであり、残りも三〇分二回、一時間二、三回、二時間ないし二時間四五分三回位の短時間の時限ストであり、ストに当つては会社側は代替要員を配置していたから放送中断は殆どなかつた又ピケにおいては非組合員に対し足げりし、暴力をふるつたことはなく逆に会社側職制が組合の平和的説得に耳をかたむけず体当りを行う等暴力をふるつた。しかも右職制は放送業務に役立たない者であるから組合のピケ破りを目的とするものである。更にビラ貼りについても建物等を損傷することなく且つ会社の業務遂行を阻害しないから違法性はない。
前記仮処分決定は争議行為に対する国家中立の原則(憲法第二八条、職業安定法第二〇条参照)を侵害するものである。又該決定は保全の範囲を逸脱するものである。仮に争議に違法の点ありとしても不作為命令にとどめるべきである。断行の仮処分は争議権をふみにじるものであり、適当な処置を執行吏の判断に委ねることは会社を一方的に支援することに帰しその不当なること明らかであると述べた。(疎明省略)
理由
債権者が別紙目録記載の建物を訴外丸の内ビル株式会社から賃借し、ラジオ、テレビの番組製作並びに放送の事業を営む会社であること、債務者が右会社の従業員約一三八名をもつて組織する労働組合であること、組合が会社に対し昭和三八年三月一日賃金体系確立(平均一五、〇〇〇円のベースアツプ等を含む)、人事同意約款その他二項目の要求を提出し、団体交渉を続けて来たこと及び四月九日組合がストに突入したことは当事者間に争がない。
そして争議現場の写真であることに争のない甲第一〇号証の一ないし四〇、第一二、第一三号証、乙第三号証の一ないし七、第四号証の一ないし六に証人木村光夫、同小林正実、同西村恭博、同金本祥三郎、同越智繁彬、同平岡由照の各証言及び組合代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、(一)本件ストは最短一分、最長二時間四五分の所謂時限ストであつて一日数回に及ぶこともあり、既に約六〇波に及んでいること及び右ストは連日ではないこと、(二)本件ピケは約四回に亘り、二階テレビマスター室、テレシネ室、ラジオマスター室等に通ずる廊下、三階テレビ室に通ずる階段等に張られ、その間に組合員約二〇名(一ケ所のピケ人員)が会社役員職制の出入りを監視し、積極的な行動はとらなかつたとしてもスクラムを組み、説得の限度を超えてその入室を拒む態勢をとりついには押し合い等がなされたこと、右により会社側において説得に応じないで入室することを不可能又は著しく困難ならしめたこと及び右各室は会社機能の中核を形成する部分であることから会社役員並びに職制が組合員の説得に応ぜず入室しようとする場合スクラム等の方法をもつてこれを阻止される虞れのあること、(三)ビラは当初五月八日テレビマスター室、テレシネ室、ラジオマスター室等各室の扉窓ガラス等に四隅を糊付してはられたこと、会社側においてこれを除去したこと、その直後非組合員と組合員との間に摩擦を生じ非組合員が傷害をうけるに至つたこと、ついで同月九日組合は、更に強化して夥多のビラをビラ一面に糊付して殆ど窓ガラス一面に、雑然とはり出したこと、その内容は専ら団結ないし争議の鼓舞を目的とするものであつたこと、及び会社の業務遂行上には実質的支障はなかつたこと(ただ搬入口に貼紙したことは素材搬入の可能性をとざすおそれなしとしない)が認められ、その疏明あるものということができる。
而して前掲争なき事実及び疏明資料によれば、前記建物自体についてはこれを会社が賃借権に基いて占有使用しているから対抗力を有する賃借権及び占有権が会社にあるというべく、建物内の設備、附属ガラス窓等については会社の所有権があることを推認することができるところ、それらの物上請求権(妨害排除、予防請求権)を被保全権利とする本件における右被保全権利と組合の前記認定のような争議行為との関係について検討する。
まずピケについてみるに、会社は組合のストによる就労拒否中と雖も自ら業務を遂行する権能を有するから組合は会社側非組合員が前記各室に出入し、これを使用することを実力をもつて阻止しえないものといわねばならない。もつとも他方組合は争議権を有するから就労拒否は勿論、これに附随して事業場内においても所謂ピケを張ることは妨げないと解するを相当とする。
しかし右ピケは平和的説得、団結の示威の限度を超えるものであつてはならない。この限度を超え実力をもつて、完全に事業場を占拠するか若くは出入を妨害されるに至るときは会社にこれを受忍すべき義務ありということはできない。そして本件においては完全な事業場占拠ということはできないけれども、前記各室の出入が実力をもつて妨害され又は妨害される虞れあること前段認定のとおりであるから会社の右妨害行為禁止を求める申請は右限度において理由がある。(代替要員が在室することは認められるけれども全く出入の要がないとすることはできない。)
次にビラ貼りについてはそれは争議時において通常伴う行為と解されるからその記載内容が甚しく嫌悪、ひんしゆくさせるような(名誉毀損的脅迫的)ものでなく又整然としかも容易に除去しうる等、建物等の効果体裁を著しく毀損することのない方法で貼紙され、尚会社の業務遂行を妨げない限り会社所有の設備等にビラ貼りしたからといつて直ちに正当性の限界を超えて違法であるということはできない。しかし本件においてはその方法において夥多のビラを容易に除去しえないようにビラ一面に糊付し、殆ど窓ガラス一面にしかも雑然とはり出したこと前段認定のとおりであるから建物等の効果体裁を著しく毀損するものというべく、その記載内容が当を得たものであり、会社の業務遂行に一応支障がなかつたとしても適法な争議行為の限界を超えるものといわねばならず、かかるビラ貼りの禁止を求める限度において会社の貼紙禁止を求める申請は理由がある。
そして会社は更に組合の占有解除を前提とする諸仮処分を申請しているけれども本件争議は既に認定のとおり間歇的な時限ストであるからその時間の経過により実力行使的ピケも解除されるので現に組合の占有が存続しているものとは認められず、又これありとしても組合のピケは事業場を完全に占拠するという性質のものではなく、平和的説得の限度を超えたとしてもそれは出入の妨害程度のものであることも前述のとおりであるからその妨害の禁止を求めれば足るというべく、占有の解除執行吏保管等は必要な処分と認めることはできない。(完全な事業場占拠の如き場合にはその必要性を肯定しうるであろう。尚債権者の占有の解除その執行吏保管不作為命令の公示については理論上否定に解するを相当とする。)してみると会社の右申請は失当というべく、従つてその申請を認容した原決定は右限度において取消を免れない。
最後に保全の必要性についてみるに前掲疏明資料によれば争議行為が正当性の限界を超えることによつて、会社が蒙る損害は著しいことを推認しうるところ、正当な争議行為(抜打ストはそれに関するとりきめのない本件においては直ちに違法であるということはできない。)によつて蒙る会社の損害はこれ当然のことながらそれがため正当性の限界を超える争議行為によつて蒙る損害をも受忍すべしということはできず、本案の確定判決をまつては遅きに失しその実行不能に帰するのでその必要性を否定することはできない。
よつて原決定を主文第一項記載のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第七五六条の二を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 惣脇春雄)
(別紙)
目録
高松市丸の内八番地の二
家屋番号同町八番の三
一、鉄筋コンクリート造地下塔屋付陸屋根六階建
共同住宅
一階 三四坪七合五勺
二階 三三坪四合三勺
中二階 一四坪四勺
三階 一二五坪九合
四階 二一二坪七合八勺
五階 九五坪八合五勺
六階 九五坪八合五勺
塔屋一階 二四坪七合五勺
〃二階 二四坪七合五勺
の内
一階 三四坪七合五勺
二階 三三坪四合三勺
中二階 一四坪四勺
三階 一二五坪九合
塔屋二階 二四坪七合五勺
同所同番地の二
家屋番号同町八番の二
一、鉄筋コンクリート造地下一階塔屋付陸屋根六階建店舗
一階 二二〇坪一合四勺
二階 二二三坪三合
三階 九四坪四合九勺
地下一階 二三〇坪八合九勺
【参考資料】
仮処分申請事件
(高松地方昭和三八年(ヨ)第七一号 昭和三八年五月一四日決定)
申請人 西日本放送株式会社
被申請人 西日本放送労働組合
主文
一、別紙目録記載の建物に対する申請人及び被申請人の占有を解き、これを申請人の委任する高松地方裁判所執行吏の保管に付する。
執行吏は申請人に右建物の使用を許さなければならない。
二、被申請人は、組合員により同組合員以外の申請人従業員等に対し、右建物の入口に於て人の通行の妨げとならない限度で、口頭で就業しないようにする説得もしくは団結の示威による方法以外の方法で、同従業員、申請人役員及びテレビ出演者その他申請人と取引関係に立つ者として申請人が指定する第三者が右建物に立入つて業務に従事することを妨害してはならない。
三、被申請人は、右建物及び同建物内にある申請人の所有、占有に係る設備に、執行吏の承諾なくしてビラその他のはり紙をしてはならない。
四、執行吏は第二、三項の命令に妨げとなるべき障碍を撤去するため適当な処置をとることができる。
五、執行吏は以上の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。
(注、保証金三〇万円)
(裁判官 惣脇春雄)
(別紙省略)